ホーム > 書籍・ムック > 食べること、やめました

検索
書籍のみ 雑誌のみ




詳細

食べること、やめました

1日青汁1杯だけで元気に13年

森美智代(森鍼灸院院長) 著

発売日: 2008年04月15日
本体価格: 1300円+税
ISBN: 978-4-8376-7090-2

難病の脊髄小脳変性症を克服するために始めた断食・食事療法から、ついには1日青汁1杯だけの超少食になって13年以上に及ぶ著者の奇跡のドラマ。彼女がその間に身につけた不思議な力とは? 「食べなくなって見えてきたこと」を初めて明かす一冊。あなたは信じますか? 奇跡の女性鍼灸師がいることを。

はじめに

〜私が食べなくなった理由〜
「一日に青汁一杯だけ」。
 これが、約一三年前から続けている私の食生活です。
 このような食生活に、「しよう」とか「したい」とか思ってそうなったわけではありません。必要に迫られて断食をしたり、少食にしたりしているうちに、気がつくとどういうわけか、「一日に青汁一杯だけ」になっていたのです。
「必要に迫られて」とはどういう意味かというと、当時の私は、それをしないと命が危ぶまれる状況にあったのです。
 少し前に話題を呼んだ『1リットルの涙』(幻冬舎刊)というノンフィクションの闘病記をご存じでしょうか。本はベストセラーになり、映画やドラマにもなりましたから、ごらんになった方も多いでしょう。私は、この闘病記の著者・木藤亜也さんと同じ病気だったのです。その病気は「脊髄小脳変性症」といいます。運動機能を司る小脳や脊髄が萎縮して、しだいに働きを失っていく病気で、国の認定する難病(特定疾患)の一つです。
 くわしくは本文で触れますが、私は二十一歳のとき、この病気と診断されました。
「しだいに進行して寝たきりになるだろう。進行を食い止める治療法はない」
 神経内科の医師は、そう私に告げました。余命は告知されませんでしたが、本で調べたところ、「若い時期に発症すると五〜一〇年くらい」と書いてありました。
 なりたかった「学校の保健室の先生(養護教諭)」になって一年足らず、将来にいろいろな夢を描いていた矢先の出来事です。
 頭が真っ白になり、途方に暮れました。
 混乱した気持ちが少し落ち着いたとき、私の頭に浮かんだのは、甲田医院院長の甲田光雄先生のことでした。高校生のとき、たまたま甲田先生のお話を聞く機会に恵まれ、断食や少食療法で数々の難病を治してこられたことを知っていたのです。
 甲田先生に診ていただくと、「大丈夫。断食すれば治るよ」といわれ、私は「甲田先生についていこう」と決心しました。
 その後、神経内科でいわれた通り、私はどんどん歩けなくなっていきました。しかし、断食すると、そのたびに少しよくなり、歩けるようになります。そこに希望が見えるものの、食べるとまた悪化するので、いたちごっこのようでした。
 そこで、断食後の悪化を防ぐため、「生菜食の超少食療法」を始めました。生菜食とは、加熱しない生の食品だけを食べる療法で、生野菜や果物、生の玄米粉が中心になります。
 生菜食を始めたとき、一日の摂取エネルギーは九〇〇キロカロリーでした。一般的には相当な低エネルギー食ですが、不思議なことに、私の体重はどんどんふえていきました。太りすぎるからというので、食事をへらし、それでも太るのでまたへらす……と続けるうち、一日の食事がとうとう青汁一杯だけ(六〇キロカロリー)になってしまったのです。
 この過程で、食事の量がへるのと足並みをそろえるように、病気の症状は少しずつ軽減していきました。寝たきり寸前で床をはっていたのが、つかまり立ちができるようになり、ふらつきがやわらいで転ばなくなり、やがて普通に歩けるようになりました。
 その後、私は縁あって鍼灸師となり、現在は、自分が救われたことに感謝しながら、患者さんを治療する日々を送っています。発病から二四年、青汁一杯の食事になってから一三年がたちました。今も食事内容は変わりませんが、いたって元気で、医学的検査はすべて「異常なし」。体重は多すぎて困るくらいです。
 本書では、こうした経過や私の体験、現在の状態、超少食をはじめとする甲田療法の実際などを、すべてありのままお伝えします。また、私は断食や超少食を行う過程で、以前はなかった(顕在化していなかった)霊的な力を出せるようになりました。第5章では、これにも触れたいと思います。
 以前の私と同じように難病に苦しむ方や、断食・少食療法に関心のある方にとって、少しでも参考になれば、このうえない喜びです。

著者プロフィール

森美智代(森鍼灸院院長)
1962年、東京都に生まれる。短大卒業後、養護教諭として小学校勤務をしていた84年に難病の脊髄小脳変性症に罹患。以来、西式甲田療法に専念し、病気を克服する。その後、鍼灸師の資格を取得し、大阪府八尾市で鍼灸院を開業。現在、森鍼灸院院長。断食リトリートあわあわ主宰。甲田光雄医師の著書でたびたび紹介されている「仙人2号」のMさんとしても知られる。本格的な断食・生菜食療法を実施してからすでに32年、一日青汁1杯のみの生活になってからは22年を超えている。鍼灸治療のほか、講演などでも活躍中。

目次

はじめに〜私が食べなくなった理由〜
巻頭口絵 私の食事—1日青汁1杯だけです  
第1章 21歳で余命5年の難病に。絶望の淵から断食ではい上がる  
    診断がついても治す方法がない!  
    突きつけられたのは「余命5〜10年」という現実  
    与えられた命だけは頑張って生きる  
    「また転んじゃった、アハハハハ」  
    自分の大好きな先生についていく  
    生菜食をとると悪化するというジレンマ  
    初めて24日間の長期断食を経験  
    地上30センチの視野を眺めながら  
    体重が回復しないまま次の断食へ  
    断食のたびにさまざまなタイプの宿便が出た  
    「再生」を暗示する「死」の夢  
第2章 断食から生菜食、そして青汁一杯へ。みるみる変わる体の力  
    ここが「勝負どころ」と生菜食の開始を決心  
    生菜食をしてもふらつきが出なかった  
    “堪忍袋”が爆発しないように……  
    光り輝く野菜の「オーラ」が見えた  
    一日九〇〇キロカロリーの食事で体重がふえ始めた  
    食事をへらしてもへらしても体重がふえる  
    生菜食から野菜汁だけの食事に  
    「これ以上、ダイエットしようがない」  
    「青汁だけの仙人食」のお手本があった  
    私の食事——青汁の作り方・飲み方  
    頭がクリアになり短い睡眠時間でも元気  
    食べなくなって見えてきたこと  
第3章 生い立ちから発病までーー用意されていた“出会いと導き”  
    未熟児で生まれ、生命の危機を乗り越える  
    「やせの大食い」だった小学校時代  
    高校時代の「健康合宿」で甲田先生と出会う  
    「手当て」によるヒーリング力が目覚めた  
    断食中に「オーラ」が見え始める  
    甲田療法や西式健康法でオーラが変わる  
    のちの道につながるもう一つの大きな出会い  
第4章 科学が証明した私の体。断食と少食でシステムが変わった!?  
    必要とする人に、この情報を届けたい  
    「人間離れした牛のような腸」  
    捨てるはずのものをとことん利用する細菌  
    アンモニアから作られる尿素も再利用  
    飢餓状態で現れる尿中のケトン体が「強陽性」  
    基礎代謝量は同年代の女性のマイナス43%  
    免疫力を示すインターフェロンαが普通の四倍以上  
    三大栄養素・エネルギーの摂取量はほとんどゼロ  
    「現代栄養学的には説明がつきません」  
第5章 鍼灸師として、霊能者として、これから進む道  
    新しいことに踏み出すときがやってきた  
    断食をサポートできる痛くない鍼灸治療  
    甲田医院の近くに鍼灸院を開業  
    人は「病気を治す場所」をもって生まれてくる  
    「他力無我」で気を循環させる治療法  
    手がムズムズして勝手に字を書き出した!  
    訓練していなくても、少食で特殊な脳波が出る  
    手で正三角形を作って「遠隔治療」を行う  
    病気を「自分の問題」でできたら頑張りようがある  
    すばらしい開放感が味わえて幸せになる背腹運動  
    病気治療だけでなく、よりよい自分に出合える生菜食  
    命がけの病気のおかげでわかったこと  
参考付録「専門用語の解説」  
森美智代さん年表 
参考文献 
これまでに取材を受けたテレビ・新聞・雑誌の一覧 
あとがき 

全国の書店のほか、下記オンライン書店でも取り扱っています。




関連書籍

食べない人たち ビヨンド

詳しく見る

食べない人たち

詳しく見る

「ありがとうを言う」と超健康になる

詳しく見る

今あるガンが消えていく食事〈実践レシピ集〉

詳しく見る

マンガでわかる「西式甲田療法」

一番わかりやすい実践入門書

詳しく見る

奇跡が起こる「超少食」

実践者10人の証言「超少食で難病が治った!」

詳しく見る

甲田式健康道 決定版

心と体の宿便を出せば、すこやかに長生きできる!

詳しく見る

奇跡が起こる 半日断食

朝食抜きで高血圧、糖尿病、肝炎、腎炎、アトピー、リウマチがぞくぞく治っている!

詳しく見る